Flaneur, Rhum & Pop Culture

下北沢に忍び寄る巧妙な罠
[ZIPANGU NEWS vol.24]より
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賛同者の皆様、区民支援者の皆様、マスコミの皆様へ

私たち「下北沢商業者協議会」は去る1月18日、下北沢の街づくりに見直しを求めて直接行動に立ち上がりました。しかし残念な結果に終ったことを報告せねばなりません。今後、3月の区長への要望書再提出と、下北沢商店街連合会、下北沢フォーラム、セイブザ・下北沢、住民の皆さんを一同にした開かれた協議会づくりを区に求めて、粘り強い展開を拡げていく所存です。これも商店街連合会にも加盟する100数十店を含む500余店の賛同店の支えがあればこそ出来る運動だと認識しています。以下、当日の事実関係を報告して、皆さんの御意見を待ちたいと思います。

という報告書を、1月24日に代表である俺は改めて案内した。というのも、まったく埓外に置かれてきた圧倒的な数の商業者が、下北沢再開発に中止を掛けるべく、話が堂々巡りするばかりの区の街づくり課に見切りを付けて、5分の面会と区長の手に直接「要望書」を手渡すために、1月18日、音楽ライブで盛り上げた後、記者会見を開き(テレビ4社、新聞社、雑誌社多数取材)、下北沢から世田谷区役所までデモ行進を行ない、区長室に「要望書」を片手に押し入ったのでした。苦渋を込めて想定内だったと言うべきか、区長は管内から逃げていて、籠の中の二十日鼠のように同じ言動を繰り返すばかりの区長室長と秘書課長を相手に消耗戦を1時間半続け、閉庁時間の5時半小競り合いの末撤退したのでした。坐り込みの準備までして来た200人の当日支援者には、申し開きするしか術が無かった。

当欄では本来1982、3年の下北沢のことに触れているのだが、その当時から小田急線の複々線化工事のことは頻繁に論議されていて、殆んどの意見が高架推進だった。殆んどというのは中央省庁や都や小田急電鉄のことで、それが2000年に入り、住民の少数派意見の地下化に急遽決まったことは、青天の霹靂だったが住民側の勝利だった。ところがその裏には、別途梅ヶ丘駅―喜多見駅間の小田急高架による騒音訴訟があって、一審判決に続いて昨年12月に最高裁大法廷判決で、原告住民側が勝訴したという流れを事前察知した小田急が地下化で手を打ったというのが俺の考えでもある。だって大工事そのものが違法ということもある。
そして地下化に伴って出てきたのが、連続立体交差事業という代ものなのだ。つまり道路計画と一緒に地下化工事をやることに依って、自動税、ガソリン税という国税を引っ張り出して膨大な工事費用に充_しようという絡繰りがある。地下化になれば地上に広大な空地が生まれ、緑地帯や車寄せは造られるし、渋滞名物の踏切も無くなる。多数の店舗と住宅を潰して街を分断する環七幅の「54号線」なるものは、小田急電鉄と行政とゼネコンが組んで仕上げたキナ臭い廃物であり、ゾンビーなのは明らかな訳です。

区行政は3月の定例議会で一気に事業認可の強行採決を行う気配が濃厚という噂がある。すると、「3月に会うことを含めて考える」として追い返した、区長室長の発言はまさしく計算ずくなのだろう。

街と文化の相関関係に於いて、他に類をみない下北沢を愛するために、お目出度くも真剣な新たな戦略戦術が急がれるのだ。