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メフィスト=MEPHISTO

VOL.32

 '20年代前半のハンブルグ芸術座で、ベルリンの客演女優ドーラ・マルチンへの拍手に専属俳優ヘンドリック(K・M・ブランダウアー)は気が狂った様に嫉妬していた――。クラウス・マンの問題の原作をハンガリーのI・サボーが映画化した『メフィスト』('81独)の開幕シーンは、人生をも演じ切ろうとした主人公の性向を鋭く突く。彼はプロレタリア思想の全体演劇を志向するが純粋な芸術至高主義者でもあった。ハンブルグの天才はベルリンの一大メフィスト俳優に出世するが、仲間の亡命の勧めにも自由の抵抗にも組みしないその純粋性は、ドイツ文化の危機を叫ぶ国粋者達に利用される事となる。旧友が消されていく中、ナチスのプロシャ州首相の庇護の下、希代のメフィスト俳優は“健全で純粋なドイツ的文化の育成と非ドイツ文化の検閲”の役目を負って芸術監督の地位を得る。
 官邸に招かれたメフィストは、そのパーティーへの現われ方、人の予測を覆す千変万化振りで首相を感動させる――。二人きりの乾杯!誇りに満ちた瞬間――二人の手に「クラシック」というコニャックのカクテルが。非ドイツ的なるもののコニャックシャンパンとシェークスピアは例外だったらしい。第三帝国の矛盾と共に、純粋芸術主義と魂の拝跪の二面性が琥珀色のグラスに色取りを添える虚飾の瞬間、固く、政治と芸術の〈千年王国〉を無想するのだが。