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安城家の舞踏会     

VOL.46

 吉村公三郎監督の代表作『安城家の舞踏会』('47松竹)は、戦後急転回を強いられた没落華族の崩壊ドラマだ。伯爵家当主(滝沢修)は理屈で判っていても無念にうち震える古い弱いタイプ。旧体質の出戻りの長女(逢初夢子)は元運転手の求婚にプライドが我慢ならない。デカダンな長男(森雅之)は女中に手を出し、元部下でヤミ屋成金の新川の娘と婚約している。次女(原節子)だけが、過酷な現実に毅然と対処し新時代の流れについて行こうとする。
 そして、最後の見栄で舞踏会が開かれる――屋敷の乗っ取りを謀る新川の娘を、ベネディクトンDOMで酔わせ凌辱する長男、屋敷を手に入れた今や金持ちの元運転手は下賤の民“オラァ、遠山蔵吉ダァ…”とグレンフィディック?で悲しく荒れて、長女は狂恋する。新たな人生の岐路のはずの舞踏会で、名代の家具が壊れ、人間関係が壊れ、人の心が壊れ、全てが暴かれる。――狂宴の果て、ガランとした広間の夜中、当主は祖父の肖像の前でピストル自殺を計るが、次女の体当たりで二人は転倒、銃は鋭く木床を滑りスコッチの瓶に当たって止まる…倒れるボトルと延々と揺れるボトルと…タンゴが重なる。三島由紀夫を借りずとも、滅びゆくものは美しいのだ。
 チェホフの『桜の園』を下敷きにした新藤兼人の脚本は、モダーンで酒脱で、二人のコンビによる幾多の名作はここに始まる。戦後の新秩序も始まる。