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めし    

VOL.43

 '60年代に社会問題化する核家族の単調な生活の危機や女性の自立を取り入れたホームドラマ『めし』('51東宝)は、戦後復活した成瀬巳喜男の代表作。
 夫(上原謙)との平凡な生活に倦怠期を迎えた5年目の妻(原節子)は、朝夕めしをつくる「人間の営々とした哀れな営み」に疑問を感じている。棟割長屋に朝が来て、物売りの姿、登校する児童、艶姿の妾さん等、大阪の庶民のたたずまいが、キメ細かい端正な演出で描写される。家出した姪が同居するに至り、妻は更に焦燥感にかられ、姪への嫉妬から家出したものの、一人で生きることの数々の辛酸に自立の決意が揺らぐ。果ては不甲斐ない夫の心配迄するだらしない微妙な妻の心の往来を、原節子は絶妙に佗しさの中に演じ、上原謙の把みどころの無い抑えた芝居と合い和している。
 たまたま出張(連れ戻しにでなく)で、東京の妻の実家に寄った夫と路地でバッタリ出会い、軽飲食堂に入る。二人で飲む一本のサッポロビール大瓶。妻は「苦い!」と。夫は「あっ、旨い!」と云って「私がすぐ帰ると思ったの?」にも「あっ」と答えるノンシャラン。慎ましい退屈な生活に戻る岐路となる一杯のビールの苦さは、汽車の窓から千切り捨てた万感を込めた手紙と共に、散る。――残る佗しさ。
 以後、同じ林芙美子原作で一本撮り、最後の『浮雲』は小津をして、「僕の撮れない映画(シャシン)」と云わしめた。