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秋刀魚の味      

VOL.42

 前年、東宝に出向いて撮った『小早川家の秋』の後、松竹に戻り撮ったのが、『秋刀魚の味』('62)。奇しくも最後の作品となってしまった分、小津の初老の主人公(笠智衆)への思いは、壮絶さえ憶える。
 40年振りの同窓会(いつも鈍くさい北竜二、洒落もんの名優中村伸郎、粋筋菅原通済等がいる)に恩師ひょうたん(東野英次郎)を招くが、鱧を肴にガツガツ飲り、土産にダルマ(当時、高額のオールド)を持って帰る始末。娘を嫁がせず、神経症の婆さんにしてしまった事を後悔し、「結局、人生一人ぼっちですわ」と嘆くしなびたひょうたんに、あわれを見て、娘を嫁に出す決心をする主人公。――“雨に濡れる海棠”の風情の娘、原節子とは違った味の娘、岩下志麻の爽快さが初々しい――。
 娘を嫁に出した晩、死んだ女房の面影を残すママのいる「TORYS・バー」を一人で覗く。「今日はどちらのお帰り、お葬式?」とママ。「まあ、そんなもんだよ」と答え、トリスをストレートで飲る。いつもに増して哀感溢れる“軍艦マーチ”の曲を、元海軍艦長だった初老の男が、カウンターで聞く。小津の例のローアングル・カメラが、孤独な背中を痛々しくとらえる。二人きりで暮した母を、撮影直前に亡くしたという監督自身の実生活と二重写しに見える。“小津式ホーム・ドラマ”は、ここに極まり、翌年惜しくも逝ってしまった。享年60才。