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絵:黒田征太郎 文:大木雄高
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VOL.12
淑女かあばずれか?「レディ・ジェーン」                   

ツィゴイネルワイゼン

 一九七五年の年明け、「レディ・ジェーン」というジャズバーを、僕はつくった。デューク、サイドワインダー、サムシンなど、最後まで残ったジャズにまつわる店名候補を退けて、レディ・ジェーンを選んだ。この名は、三月に来日予定の“世界遺産”のロックバンド「ローリング・ストーンズ」の、六六年にヒットしたバラ−ド曲だった。
 「ジャズの店なのに、なんでロックの曲名を店名にしたのか?」とよく聞かれた。その当時から、クロスボーダーを主張していた、なんて言わない。僕のただの邪鬼だった。
 決めた後、曲の由来を調べてみた。
 まず、イギリス王朝を代表する十六世紀初頭の絶対君主ヘンリー八世が、三人目の妻となるジェーン・シーモアにあてた手紙に基づいているらしく、「千日のアン」こと、二度目の妻アン・ブリンを斬首する予言になっている。つまり歌詞はこんなふうだ。
 いとしのジェーンよ
 おいら膝まずき あんたに仕え
 身を賭して守ろうぜ
 いとしのアンよ
 もう遊びはおしまい 別れの時よ
 レディ・ジェーンに惚れたんだ
 また、二十世紀最大の性愛小説といわれるD・H・ロレンスの「チャタレー婦人の恋人」に、ずばり名前が出てくる。夫人の前に立った素っ裸の森番メラーズが、勃起したペニスに向かって言う。
 「レディ・ジェーンに逢いたいか?(中略)レディ・ジェーンに頼んでみろ!(中略)レディ・ジェーンの◯◯◯◯だ!」
 と過激な長台詞なので割愛するが、女性器のことを言っているのだ。一九二〇年に書いたこの小説でロレンスは、宇宙と呼応する生命の回帰を、性の均衡を通して言いたかったのだと思う。
 ローリング・ストーンズの曲は、時代の響きが感じられて好きなのだが、「レディ・ジェーン」は、故ブライアン・ジョーンズのかき鳴らすダルシマの優雅さもあって、ロレンスの世界というか、精霊的でさえある。
 話はかわるが、ソニー・クラークの「クール・ストラッティン」というジャズアルバムがある。スリットの入ったタイトスカートにハイヒールが写っているジャケットで有名なやつだ。この写真に店名を乗せ、店の宣伝デザインにしているので、僕の「レディ・ジェーン」は、さらにクロスボーダーに向かうというか、複雑な女性に成長しているようだ。

 

「アサヒグラフ」1998年3月27日号掲載