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雨のしのび逢い=MODERATO CANTABILE
VOL.25
 '86年初演『ゼルリンヌの物語』という一人芝居で仏の大女優ジャンヌ・モローが来日するが、彼女のカンヌ映画祭主演女優賞作品が、原作M ・デュラス、監督ピーター・ブルックという魅惑的な『雨のしのび逢い』('60仏)という作品だ。
 日常を引き裂く激情のほとばしり=悲鳴が、夕暮れの淋しい北フランスの田舎町に響きわたる。恋のもつれから女が刺されたのだ。その最後の叫び声は、何不自由なく単調な生活を送る鉄工所の社長夫人アンヌ(J・モロー)の日常に刺さる。非日常に突き動かされる彼女は、殺人現場だった「カフェ・ド・ラ・ジロンド」に足繁く通りすがり、たまたま会った主人の会社の工員(J・P・ベルモンド)と逢瀬を重ねる。安物のワイン=ヴァン・ド・ダブルが感情を大胆にする。というより工員達の溜り場のカフェは、初体験の伶夫人にとって充分すぎる程危険に酔わせる。赤ワインは日常から非日常への通底器となり、気取りと欺瞞を剥いでゆく。――初めて感情のほとばしりを憶えたアンヌは、殺された女のように牝犬のようになって叫び声をあげる。
 アンチロマンの騎手だったデュラスらしい作品を、監督は冷淡な眼差しで突き放している。原題の『モデラーテ・カンタビレ』は“中位の速さで歌う様に”の意で、中流のモラルを指しているのだろう。