Flaneur, Rhum & Pop Culture

そうだ、松江に行こう!と言った
[ZIPANGU NEWS vol.149]より

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“松江に雨が降る 古き水の都 変わらぬ街並をバスはゆく”(『水の都に雨が降る』作詞作曲・安来のおじ)と歌って浜田真理子のライブは終った。一ヶ月前の6月6日、場所は松江のミュージックバー「バースデイ」というところだった。
 松江とは前号でも触れた、伯耆(ほうき)富士の大山に登った話にも出て来た島根県の県庁所在地なのだが、大人でも何人かに一人には忘れられてしまう街のようだ。そこで、敢えて説明をしておく。北は日本海に面した島根半島と宍道湖と中海に囲まれた地域に広がる都市で、中国地方の山陰地方最大の人口を抱えた中心都市でもある。とは言え、冬は曇りや雪の日が多いどんよりした気候で、2005年頃21万人を越えていた人口も今は20万ちょっとに減ってきている。隣りの鳥取県米子市や鳥取市はもっと少人口で、山陰地方の現状だ。しかし、記紀にも神々しい太古の出雲地方の古都・松江城を抱える松江藩の、17代藩主として治世した松平治郷は、不昧公と名乗り藩財政を立て直した後は、出世いくさを望まず茶の湯に向かい、諸流を包括した不昧流を起こして、天下の名器を収集した巨匠となった。茶の湯なら当然和菓子作りにも精進して、花道、書道も合わせた数奇屋の風流趣味人を貫いた。そうした都市の設計は、300年後の今も独特の空気感を漂わせている不思議な町なのである。
 5月4日の夜、「レディ・ジェーン」で浜田真理子のCDを流していた。『のこされし者のうた』が掛かっている時だった。カウンターの隣りにいた友人の成田忠明が、「大木さん、松江に行きませんか?」と突然言った。年長の俺を慮って誕生日祝いのご馳走をしてくれる年中行事があった。それを松江まで行ってやろうというのだ。誕生日は7月3日なのだが、その頃は多忙になるのというので1ヶ月早めて6月6日に松江行きになった次第だ。仕切りは彼なので、料理屋や宿などの選択は任せて口に出さない替わりに、松江の歌手&ピアニストの浜田真理子を俺が誘うことにした。その真意は食事に誘った後、真理子が馴染みにしているライブバーで数曲の弾き語りをやってもらおうという魂胆だった。勿論、松江行きの本題は、初夏の宍道湖の幸を堪能するにあったから、いつもの三人組の一人、有賀真澄を誘って羽田を発った。
 飛行機は1時間20分ほどで出雲空港に着いた。リムジンバスで30分乗ると宍道湖北岸のホテル近くが終点だった。チェックインを済まして早速ホテル内の宍道湖温泉に浸かって気を休める。数年前に一人旅をした時に知った宍道湖から眺める夕日は、危険な想いにさせるほど絶景だが、曇天のその日は、展望の大ガラスの向こうに広がる宍道湖も泣きべそをかいているようだった。
 ホテルを出てとろとろ歩き松江城の堀を越えると、古めかしい和菓子屋や旅館が立ち並ぶ路地に出た。食通の成田忠明が選んだ三人とも初めての料理屋「川京」は初体験尽くしで最高だった。浜田真理子も地元なのに初見だと言ったから四人ともお初だったが、若女将が彼女のファンだったということでたちまち和んだ。「川京」は変な店だった。カウンターだけで13、4人で満席の店のその夜は、横浜から来たというリピーター親子三人組と松江在らしからぬ4名で一杯だった。入口前に「本日貸席万席」の看板あり。「宍道湖七珍」は食べずにはおかない。「おまかせ郷土料理コース」を選び、まず地酒の山廃純米やさか仙人で乾杯して、宍道湖の幸を待つ。
 赤バイ貝や手長海老、板わかめの炙りに枝豆、出た!宍道湖名物「おたすけシジミ」は、日頃東京で食べ慣れているシジミの倍の大きさはある。ここでいきなり主人が拡声器を持って客席に立ち演説を開始し始めた。“遠いところを本日は有り難うございます。この店はテレビドラマになりました。わたしは何なに、家族の誰誰は何なにの役で出ました。汽水湖の宍道湖のシジミは特別です、汁は残して半分残して下さい、最後の雑炊の絶妙な味になります。海老も特別です、わかめも特別です、これから出てくる鰻は特に特別ですが、「鰻のたたき」にしたのはこうこう理由でもって…”と、やかましいのだ。だが嫌悪感を催す話し方ではない。最後の方で出て来た「すずきの奉書焼き」のところで、再び親父が拡声器で“七代目不昧公が宍道湖のほとりを通りかかった時・・”と。分かりましたよ、あんたが偉い!と言う前に、こんなすずきは食べたこと無いという食感が襲う。脂が乗って味があるのにさっぱりしている。汽水湖が育てる唯一無二の味が宍道湖七珍という。雑炊で仕上げ!
 タクシーで浜田真理子に「バースデイ」を案内されても、飽食腹をまともにするには時間がかかる。雑談で別腹に切り替わった頃を見計って、真理子に「どうかな?」とサインを送ると、貸し切り客三人のためのライブが始まった。愛すべき松江讃!