Flaneur, Rhum & Pop Culture
徒花のように輝いていた<東京パーン>
[ZIPANGU NEWS vol.122]より
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 当原稿を書くために朝6時に起きた。机に向う前に、昨夜の寒鰤のあら煮の残りの鍋のふたを開けると、目ん玉が眼についたので菜箸で口に入れた。次いで大根を、季節がら煮凝りにはなってないがこれが旨いのだ。ドラマ『深夜食堂』気分になって机にやっと座った。さて何を書こうか?
 今1992年を追っている。この年はバブルが弾けたというのに、年明けから竹下登自民党政権下、与野党関係なく全政界を巻き込んだ佐川急便事件が、商法違反、特別背任罪、汚職罪と全議員にはびこり、秋には汚職額最高の5億円で自民党副総裁・金丸信が消えていき、竹下登は証人喚問された。にもかかわらずその年の参院選では自民党が過半数を上まわり、後進国振りは今の時代と何も変わっていない。巷間では次々と有名女優のヌード写真集が売れまくり、<ヘアーヌード>時代に突入、街のゲームセンターは大型アミューズメント・パークとか名称を変えて5000億円市場に浮かれた。
 前号で触れた金大煥が、新橋スペース21の個展で、米一粒に般若心経283文字を彫った微細彫刻をルーペ越しに見た客を驚かし、埼玉県東松山にある丸木位里・俊美術館で1拍子の変則ポリリズムを響かせていたのは、人力だけに頼る技だったが、同時期、新橋汐留に松下パナソニックがスポンサーになって、音楽、映像、アートを融合させた最先端の巨大実験室があった。文化表現のバブリーな空間は、清水靖晃と細野晴臣がプロデュースした<東京パーン・ムラムラ>といった。俺も自分の空間で当時企画したライブのタイトルによく付けていた、例えば、<ハイブリット>や<ハイパー>、<サイキック>や<サイバー…>とかのキャッチが似合う場だった。
 先鞭をつけたのはイギリスのテクノ・ミュージックであり、アンビエント・ミュージックのジ・オーブ(The Orb)だった様に記憶する。自分の好みで言えば、ビル・ラズウェルのマテリアルもそうだったが、クリスチャン・マークレイのデジタル・テクノロジーを集結させて、100台のアナログ・レコード・プレイヤーを融合させたオーケストラ・パフォーマンスは驚愕の出来ごとだった。元祖ターンテーブル奏者の異名を持つC・マークレイは美術家でもあり、アナログとデジタルの出会いと、そして解体と再構築を超人的なアイデアを駆使して簡単そうにやってしまうのだ。そんな人C・マークレイは、日本のターンテーブル開拓者の大友良英が関係するのは当然として、俺がレコーディング・プロデューサーや店のライブで散々関わっている、ハイパー箏奏者の八木美知依は何回となく共演している間柄だし、<東京パーン>の3年前の1989年11月には俺の店だった『ロマーニッシェス・カフェ』で、ピアノの三宅榛名とヴォイスの天鼓と出演していた。
 ガイ・クルセヴェクとポルカしかないぜバンドはリーダーのアコーディオニスト&作曲家とギタリストのジョン・キングを中心にした、放埒で陽気でバカテクの放浪芸とも言うべき音楽隊で、サーカスのジンタのようについつい嵌り、気がつくとさらわれていたという愛すべき代物だった。フェリーニの『道』やワイダの『灰とダイヤモンド』、或はアンゲロプロスの『旅芸人の記録』が浮かんでくる。
 近藤等則と黒田征太郎がアボリジニの集団を招聘したステージは、大都会の煌めく光の中で、裸で原始パフォーマンスを繰り広げるアボリジニと<トキオ>の歪んだ関係が見えて、奇妙な味わいを憶えた。一ヶ月後の6月19日はオーネット・コールマンの登場だった。デヴィッド・クローネンバーグの映画『裸のランチ』のサウンド・トラックを手掛けた(音楽監督ハワード・ショア)オーネットが、ベースのバール・フィリップスと息子のドラマー、デナード・コールマンを連れたトリオで、映画キャンペーンに合わせて来日したのだ。ジャズの側に居るものに取って、オーネットはジャズの革新者であり近寄りがたき存在だ。ところが、映画を呼んだのは旧知のエグゼクティブ・プロデューサーの井関聡だったし、ライブの方は、当時東京に住んでいて、友達のように付き合っていたジョン・ゾーンは、オーネットのハーモロディクス理論の影響をもろに感じさせていて、ゲスト出演もしたはずの記憶があるのだが、そんな訳で肩の力を抜いて御大に近づいた思いが今蘇ってきた。おまけに映画の原作は、あのビートニクを代表するウイリアム・バロウズの小説だ。ドラッグにのめり込んだ幻覚の世界を描いた『裸のランチ』の小説タイトルは、友人で仲間の作家のジャック・ケルアックが付けた題名だ。そういう訳で、1992年の<東京パーン>を思い出して、だらだらと書き綴ったのだが、何と言っても一番脳内にのめり込んでいる記憶は『裸のランチ』のオーネット・コールマンだ。バールだ、デナードだ。