Flaneur, Rhum & Pop Culture
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Xが差し標すもの
[季刊・映画芸術にて連載中]

VOL.14

 故エルビス・プレスリーが、テネシー州メンフィスで初レコーディングを行って今年で五十年になるという。米大手ビール会社のミラーが、「ロックンロール生誕五十周年」と銘打った缶ビールを発売したが、ラベルに選ばれた八人はウィリー・ネルソン、ボン・ジョヴィ、ジョー・ウォルシュ、エリック・クラプトンら、黒人が一人もいなかった。米の某大学教授は、「偉大な印象派画家の中にフランス人が一人も選ばれないのと同じだ」と疑問を投じた。ロックンロールは黒人音楽をルーツにしているのに、リトル・リチャードやチャック・ベリーもいなくて、プレスリーを元祖にしていることに、アメリカのミュージシャンたちはどう抵抗するのだろうか?
 ジャズは、西アフリカから運ばれてきた奴隷が西インド諸島である音楽を生み、その後ニューオリンズに移った彼らと、差別されることなく白人のクラシック音楽に触れることが出来た、裕福なクレオール(フランス系白人と黒人の混血)とがもたらした音楽といえる。即ち、二十世紀初頭、ニューオリンズの黒人のブラスバンドが創ったのがジャズで、ブルースの起源はもっと古い。十九世紀になって、白人社会に無害故に認められていた、希望と憧憬を苦悩に耐えて歌っていた、大農場の屋内奴隷のニグロ・スピリチュアルがあったが、屋外奴隷はもっと悲惨な、浮浪者、売春婦、ごろつきたちで、あからさまな性や酒やギャンブルや犯罪をシャウトしていた。こうした教会派の黒人からも〈悪魔の歌〉と忌み嫌われていたのがブルースの始まりだ。楽器もバンジョー、フィドル、ギターなどに限られていて、ジャズと共に一九二〇年代の北部シカゴ、次いでニューヨークで開花し、五〇年代の黒人リズム&ブルースに白人カントリー&ウエスタンが融合したのがロックンロールだった。
 ミラー社の例のように文化の収奪が現在も行われているとは、死を賭したマルコムXの挫折や公民権獲得のキング牧師の四十年前と変っていないということか!? 九二年に『マルコムX』を映画化し、Xの〈パン・アフリカニズム〉を継承する行動派の黒人スパイク・リー監督も、「アフリカ系アメリカ人は、白人が偏見で作りあげたアメリカ文化によって、アフリカを嫌うように教育されてきた」と、白人讃歌の歴史の歪曲に怒りを露わにする。Xとは誇りあるアフリカの失われた姓だ。最後の演説会場に向う車中シーンで流れるサム・クックの「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」が、強烈に耳に残り、史実で知る観客は暗殺を予感する。
 今、教育された? 色の黒い大統領補佐官や国務長官を抱えるブッシュに、巨体を張って挑んでいるのが、話題のマイケル・ムーア監督の『華氏911』だが、プロバガンダの側面でそれと呼応するように『フォッグ・オブ・ウォー』(エロール・モリス監督)というドキュメンタリー映画が先月封切られた。『マクナマラ元米国防長官の告白』と副題にあるように、第二次大戦にキューバ危機、ベトナム戦争と関わり、特に四五年三月の東京大空襲は一夜で十万人以上の死者を出し、この英軍のドレスデン爆撃を参考に、若き中佐マクナマラが立案した無差別じゅうたん爆撃を、大阪、名古屋、福岡と繰り返したことに触れ、「われわれは戦争犯罪人だった」と自問自答している。キリスト教的アメリカン・リベラルのマクナマラはこれで天国に行けるのだろう。彼の「費用対効果比」の原則は、ヒロシマ・ナガサキと続いたのは言うまでもない。
 今年の八月六日、被爆六十周年を来年に控え、一年間の「核兵器廃絶のための緊急行動」を、秋葉忠利広島市長が呼びかけた。丁度その前後、ヒロシマ・ナガサキに原爆を投下したエノラゲイの機長だったチャールズ・スウィーニーが、「原爆投下こそが戦争を集結させた」と持論を再主張して死んだ。何というタイミングの気味悪さだ。六〇年代にPPMやジョーン・バエズが歌っていた代表的な反戦歌の「ウィ・シャル・オーバーカム」は、イラク爆撃を強行したブッシュとネオコンの手によって、進軍歌に置き換えられた、フォーク・シンガーを代表するボブ・ディランの存在証明に憧れて、田口トモロヲは初監督作品『アイデン&ティティ』(03)を撮り、「ライク・ア・ローリングストーン」に自らのアイデンティティを検証しようとした。ところで、イラク爆撃のアメリカ正義を捏造する根拠とされた、〇一年九月十一日の貿易センタービルが、崩壊後どうしてグランド・ゼロと呼称されているのか? グランド・ゼロとは、原子爆弾による放射中心部の真下の地域のことだ。さもなくば大友良英が長年結成していたバンド名のことだ。そういえば、『アイデン&ティティ』の映画音楽は大友良英だった。日本の間抜けな映画評論家や音楽評論家は、彼の地をそう呼びそう書いて平気な面をしている。奇妙な制御ではないか。
 そこでわが日本に目を転じる。世の中仏教流行りで、その手の本は多くベストセラーになり、菅直人が 禊 の旅に出たように、四国八十八ヶ所巡礼や坂東三十三ヶ所札所巡りに、多くの老若男女が馳せ参じている。学校の地域学習では神社に児童が訪れる。〈癒し〉を求めて日本ナショナリズムの再発見なのだろうか。日本は阿弥陀は勿論、他宗を滅ぼそうとする一神教の、イエスもエホバもマホメッドも許す八百万の神の国だ。聖徳太子が説いた「和をもって尊しとなす」は、まず対話が必要の表れで非常に結構なことだ。浅草寺の五重塔に祀られている位牌のうち、東条英機とマッカーサーが並んでいるのを目の当りにした時は驚いたが、それもありだとは。
 だが、日本の神仏混淆はじめ、習俗を別の視点から見れば曖昧ということで、その節操のなさは、明治以降むやみに西欧文化を追い求めて、和の伝統文化を一般大衆から断ち切り、かくて和と洋は分断され日常から手の届かない文化にしてしまった。そしてエログロ・アナーキーの大正を経て、軍国昭和の敗戦で、チョコレートとチューインガムの他、ジャズという異文化(ポップス、スウィング、後のロックンロールのすべての米音楽を日本ではジャズと言った)を与えられ、アイデンティティの崩壊と強制切り替えが始まった。沖縄では音楽と生活の地続き文化が生きているのに、ヤマトンチューは奇妙だ。そして今、J・POPは欧米のリズムやメロディに、日本語の歌詞をつけて大安売りしているが、そればかりか邦楽ブームの今日、元々区別がつかなくなっている日欧米の西洋音階の和声に、極く耳慣れた安易な曲作りで、笙 や篳篥、箏や三味線といった楽器の目先で客を誤摩化したり、ボンデージ・スーツの女四人の弦楽カルテットのポップス・バンドが流行れば、いつの間にか日本版クラシック楽器のポップス・バンドが出来あがっているし、矜持を正しくしていると思われるJ・クラシックも、ドイツ風やイタリア風に作られた曲に、日本語をドイツ風やイタリア風に発音して、しかもフォルセットで歌い上げるので、日本の歌曲独特の音霊に聴き入るなど到底叶わない。
 楽器は元来自然音の風や川の音、雨や稲妻、鳥や虫の声の真似から始まった。それは自然で自然は神だった。音楽をやる行為は神前に於けるハレの儀式だった。土取利行のように縄文にまで戻る勇気は誰にもない。もはや音楽は、戦争や経済や政治を見れば大いに役立つが、それらに抗うと役に立たない。ほら、言ってる先から出てきた。女子十二楽坊に続けとばかりに、中国イケメン楽坊が。リーダーが日本の雅楽の君だから話にならない。即効を求めて韓流の次はニーハオか、やれやれ。