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絵:黒田征太郎 文:大木雄高
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VOL.9

「無名戦士の墓」は語らない


ツィゴイネルワイゼン

 「ファイナル・バッシュ」というタイトルで、わが「ロマーニッシェス・カフェ」の閉店ライブを七日間行った。

 一月二十七日の最終日の出演は、パリで新譜録音を終え、二十五日に帰ってきたばかりの新井英一だった。それで二十六日、パリの香りをプンプンさせた彼から、「帰ってきました。明日はよろしく」と連絡が入り、気合いが入る。パリ凱旋公演というわけである。

 新井のライブは、熱い視線をステージに投げかけて聴き入る客が圧倒的に多く、新井もまた、感情の振幅の広さで投げかえす共同作業が約束されていて、いつも温かい温度が流れている。しわがれた野太い息の長い声に、生活に根ざした喜び、悲しみ、怒りや希望の魂を注ぎ入れると、新井節になる。

 自分では“イエロー・ブルース”なんていってるが、高橋望のライ・クーダーばりのボトルネック・ギターと、鈴木加寿美のやさしさのバイオリンの音色とで、癒しのロード・ミュージックの雰囲気である。

 で、パリ録音の選曲はというと、生地と民族を違えたパリの異邦人達、つまりギリシャ人のムスタキ、アルメニア系のバンサン・バギアン、左岸派の。

 このキャバレーの花形役者としてしだいに人気を博し、映画「嘆きの天使」のローラ役を勝ち取るのが、マレーネ・ディートリヒだ。腰に手をあて、相手を見下げるスノッブなデカダン・ポーズ。そして歌う「また恋したのよ」がトーキー最大のヒットになったのは、ナチの影が忍びよる一九三〇年だった。

 帰国直後、沢木耕太郎が「いま、ロバート・キャパ伝を訳しているが、「ロマーニッシェス・カフェ」が出てきたよ」と上気して言ったのは、偶然すぎる符号か。

 嗚呼、少年キャパもローラの虜だったか!

「アサヒグラフ」1998年3月6日号掲載