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その手は桑名の焼きはまぐり
VOL.75

 東京の三鷹市、武蔵野市辺りが今、土を掘ったり、網目籠を埋めて湧水を呼び戻そうとしている。かつて豊かな遊水池を潰したりしたことを恥じてのことだが、湧水川の野川の中流下流は既に暗渠となって、水の文化などない。
 長良川と木曽川に挟まれた細長い河口の町がある。長良川の西側は土手一つ境にして揖斐川が流れ、対岸は桑名の町。その町、三重の長島町は伊勢湾の海水と淡水の混ざる汽水域にある。絶品の蛤の刺し身他貝類が豊富で、川には60種を越える魚が棲み、降流した真の天然鮎は汽水域で飼をとり、又川をのぼる。サケのような習性を持つ貴重なサツキマスは降海性のアマゴだ。中流の岐阜も、上流の郡上八幡も、清き水と共に生き、川と共に特異な文化を育んできた。この本州最後の天然河川は、今その生態系を変えようとしている。
 2年前、環境のみならず治水にも疑問を表明した時の環境庁長官が金丸将軍に脅されていたという河口堰工事は現在、強行建設されていて、明確な建設理由のないまま、川中の基礎構造物設置を完了しようとしている。人の為と書いて人為と読むは偽という意なり。人間の倣慢は智慧で淡水と海水の間に割って入り、この汽水の町は文化と共にやせ細っていく。

(椎名和平)

(1992.10記)