Flaneur, Rhum & Pop Culture

シモキタが大法廷に持ち込まれた
[ZIPANGU NEWS vol.34]より
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 <下北沢文化>というように、街や都市名を冠して地域特性文化を語るとき、それはその街や都市がどのような道路建物で形成されていて、どのような商業形態が展開されていて、結果、ものの豊富さより色や匂いである。ひとつの映画館であれ、ひとつの酒場であれ、下北沢のそれと六本木ヒルズのそれでは、同じ映画を観た後同じ酒を飲んだとしても、当人に与える感興や残っていくものは違うに決まっている。それが生活文化であり地域文化であり、当然人により好き嫌いが生じる。

 街をいたずらに再開発させないということは、下北らしさを消し去って如何にもコンビニエントな<アメニティ>空間である金太郎飴的景観には、すり替えさせないことだ。第二次大戦の戦災を免れた下北沢地区は、そのゴミゴミと入り組んだ路地故、再開発の対象から見逃されてきた。戦後復興から再開発に怒濤のように向かった半世紀を経て、21世紀が世界に提案する街づくりは、車優先産業優先から歩行者優先消費者経済優先の街づくりが問われている。だとすると、下北沢は既に21世紀型街づくりを先駆的に実行実現している街といえる。そんな街に住み、生き、遊ぶ中から作り上げられてきたものがシモキタ文化なのだ。その文化は一朝一夕に出来た訳ではなく、長年の歳月が蓄積されてできたものなのだ。

 先程“下北沢は再開発の対象から見逃されて来た”と言ったが、ところがどっこい、敗戦一年目の1946年に都市計画されていた道路が、下北沢の地下深くに隠されていたのだ。この下北沢の街を分断する補助54号線という環七幅の巨大計画道路が、小田急線の地下化工事と駅周辺地区の再開発と三身一体となって突如出現したのだ。下北の街や人や文化を知らない、聞かない、見ない、心ない行政権力の側にいる官僚や議員とその長が、机上の定規で一本の線を引くように、他から持ってきた図面で街を○○ヒルズ化することは、その地で生活や仕事を営む人々の精神や生き死にに関わることだ。その分らなさが既に犯罪行為で文化を消失の上をゆく。

 11月20日、下北の解体を許さないための訴訟の第一回口頭弁論が、東京地方裁判所大法廷で行われた。10月18日、都は補助54号線の事業認可をおろし、同日世田谷区都市計画審議会で下北沢駅周辺地区計画案が採決されたことは前号でも述べた。その後11月16日、東京都都市計画審議会が開かれ、地区計画と一体となっている用途地域の変更が議論された。地域ごとに分けて建蔽率や容積率を上げようというものだ。当然我われは反対の立場で各委員に要請活動を行ったが、審議会で世田谷区行政の不正や手続き上の誤りは指弾されたものの、認可後のことで温度差は如何んともし難かった。そうした強権を発動して<粛粛>と事を決めていく行政側に対して、行動の決め手を欠いたかの姿勢があったシモキタ派が起こしたアクションは、かねてから準備していた「まもれシモキタ!行政訴訟の会」の53名を原告として、国と都に対して行った行政訴訟だった。まず原告側の3人の意見陳述があった。下北沢に生まれ育って62年、家は計画道路に入っている人。事業やロックバーを経営して30年半ばになる2人も、道路予定地内に居住している地権者だ。行政訴訟とは、行政側の処分によって権利を侵害された人が、官庁を相手に救済を求めておこす訴訟のことである。60歳前後を経た下北に寄り添って生きる人の言葉には、その営為の重みを感じる。憎しみより愛だ。次代に変貌した下北を継がしたくない心に対して、被告の行政側は原告が適格かどうかを反問してくる。こうした手合いが街を好きにいじろうとしているのだから、やはり憤怒は湧き起こすべきか!