Flaneur, Rhum & Pop Culture

危機下に於ける欲望の発露について
[ZIPANGU NEWS vol.146]より

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 去年も今年も、シリアやイラクばかりかパリでベルギーで、夥しい一般の生活者や女子供が、テロによる爆破事件の犠牲者になっていて、世界各地至るところで止まることを知らない。呑気に東日本への復興もおろそかに、日米軍事演習や東京オリンピックなどに浮かれていると、ISに既に標的と宣告された日本が襲われる日は近いだろうと思う。アメリカと手を組む西側の国なのだ。かって、アラビアのロレンスを派遣して、謀略の対トルコ戦争を起こして、中東アラブやパレスチナを騙したイギリスとともに、石油利権の莫大さに第一次大戦頃から侵略を開始した、今や一国主義のアメリカの行動が、中東戦争からイラン・イラク戦争を中途して、あらゆる中東地域の戦争の原因、遠因になっている、というのが真の中東歴史認識だと思っている。
 世界の注目がアメリカが起こしたベトナム戦争下だった1973年9月11日、南米チリの首都サンティアゴは、米CIAの戦略下、ピノチェト率いる軍事クーデターで火の海となった。大統領府からはアジェンデ大統領の死体が発見され、国民歌手『平和に生きる権利』のビクトル・ハラも殺された。市民はビオレータ・パラの作詞作曲『人生よありがとう』を歌って抵抗したが、最悪の軍事政権ができた。『人生よありがとう』はメルセデス・ソーサが歌い、ジョーン・バエズが歌って世界に広がったが、隣りのアルゼンチンも76年、チリと全く同じ手口の軍事クーデターで政府が転覆した。
 前号で触れた斎藤徹の「テツ・プレイズ・ピアソラ」の毎日新聞記事から、15日後の94年3月22日、渋谷パルコ劇場で『死と乙女』の舞台を観た。背景はピノチェト政権が崩壊して間もない90年頃。ある夜、弁護士の夫(萩原流行)が車がパンクして送ってもらった医者(宝田明)を連れて来る。学生運動やっていた当時の拷問の記憶に怯えている夫人のポリーナ(石田えり)は、医者の声を聞いて忽ち悪夢が浮かぶ。シューベルトの有名な弦楽四重奏曲『死と乙女』を掛けながら、「私を強姦、拷問した男に違いない」と。ポリーナと独裁政権時代の罪悪を暴く査問委員に選ばれてる弁護士の夫と疑惑の医者の3人が、真実と虚妄の間で、悪意と偽善と復讐心を戦わせる3人の迫真に満ちた会話劇だった。チリの劇作家アリエル・ドーフマンの史実から想起したリアリズム演劇だったが、アルゼンチンのことはアストル・ピアソラやフェルナンド・E・ソラナス監督の『ラテンアメリカ/光と影の詩』(92)から幾ばくかの情報を得ていたが、当時の南米チリの事情及び映画、演劇、小説など何も知らなかった。むしろ、ピノチェト軍事政権誕生当時に遡る20年前の方が、コスタ=ガヴラス監督の『戒厳令』(72・これはウルグアイのこと)や『ミッシング』(82)、エルビオ・ソトー監督の『サンチャゴに雨が降る』(75)や先に述べた話などで、知った気になっていたが、放ったらかしにしてた背中に重い一撃を喰らったのだった。
 次いで、同年の94年3月下旬から6月中旬まで、ポーランドの監督クシシュトフ・キェシロフスキの話題作『トリコロール三部作』の試写展開が始まった。『トリコロール/青の愛』『トリコロール/白の愛』『トリコロール/赤の愛』と立て続けに来た三部作は、「青、白、赤」とあるように、ポーランドの監督がフランス政府から依頼を受けて、フランス国旗の三色が表わす「自由、平等、博愛」を主題にした作品だった。へえ、世界は震えているのに、ヨーロッパの大国は自国の持ち上げ方が凄いのだ、国旗の色が表わす象徴を映画にするとは、日本じゃ考えられない、などと冷ややかに眺めていたが、監督の視点はそんなケチ臭い所に止まっていなかった。物語りの中味はここでは置くが、時勢として欧州統合、反民族差別、倫理と博愛の相克がテーマとしてそれぞれ描かれていたが、キリスト教的な「自由、平等、博愛」などどうでもよくなり、それぞれの主演女優、ジュリエット・ビノシュ、ジュリー・デルビー、イレーヌ・ジャコブの競演だったことに惹き付けられた。
 過剰なほどしっかり表に出すジュリエット・ビノシュには、優れた女優を感じても好きになれない。クシシュトフ監督との前作『ふたりのベロニカ』(91)で、カンヌ国際映画祭の女優賞を受賞したイレーヌ・ジャコブは、知的な美人で非の打ち所無しに見えるところが、窮屈で引き加減になる。すると『白』のジュリー・デルビーだが、軽妙な点も見せてエロく、触り心地が良さそうなのだ。後のリチャード・リンクレイター監督の『ビフォア』シリーズの95年から13年迄、『サンライズ』『サンセット』『ミッドナイト』の三作を映画も物語りも18年間続けて同時進行させた。変化はすれども進展もせず退行もせず、だらだらと関係を続ける世に稀な馬鹿で間抜けな女が最高なのだ!戦時下に『女の平和』を謳いつつ、文を締めるとするよ、ジュリー!