Flaneur, Rhum & Pop Culture

<記憶>という罰を与えるミコト
[ZIPANGU NEWS vol.144]より

LADY JANE LOGO











 先月1月20日の朝刊に、学者や弁護士らが「立憲政治を取り戻す国民運動委員会」を設立した旨の、記者会見記事があった。憲法学者や大学教授など有識者に混じって、名の知れた音楽家や俳優らもいて、二百人がそれぞれ代表世話人や世話人に名を連ねていた。別の欄には、安全保障関連法案の成立から4ヶ月が経った同日、衆議院議員会館に集合して、「戦争ができる法律に反対」し、夏に予定されている参院選に向けてアピールする、デモの光景を映し出していた。その日の夕刊には、「報道自制」の記事だった。すなわち、去年から大問題になっているジャーナリズムへの政治の介入の問題を取り上げているのだが、NHK「クローズアップ現代」の国谷裕子キャスター、「NEWS23」の岸井成格アンカー、「報道ステーション」の古舘伊知郎メーンキャスターと、いずれも「反権力の側から」意見を述べてきた、各局の看板番組の司会者だった人たちが、ことごとく担当番組を降ろされることが決まった、或いは決まりそうなのだ。政権与党は首相はじめ、テレビ報道に散々な介入を続けている今日、降板もそれは圧力による「報道規制」でなくて、自らによる報道自制なのか?昨年はご都合<戦後70年>の特集記事がひとり歩きするくらい頻繁に登場したが、<戦後70年>とは飛んだお笑いぐさだ。笑い済ますうちならまだいいが、やがて恐怖と悲しみがやって来るとすると。
 1月17日、NHK-BSテレビ「中島みゆきトリビュート・ライブ」でクミコが歌ったのは、中島みゆきが1978年に作詞作曲した『世情』と言う曲だった。

 ♪世の中は臆病な猫だから 他愛のない嘘をいつもついている
  包帯のような嘘を見破ることで 学者は世間を見たような気になる
  シュプレヒコールの波通り過ぎてゆく 変わらない夢を流れに求めて
  時の流れを止めて 変わらない夢を見たがる者たちと戦うため♪

 「シュプレヒコール・・」以下が何度もリフレインされる。かって聴いた曲であっても、不意を突かれれば、あることが糸のように絡んで浮かんできて、胸が締め付けられていくのだった。
 1994年2月17日、下北沢本多劇場に結城人形座の「テンペスト」(佐藤信演出)を観に行った。休憩が終わり、二部が開幕しようとする直前のこと、二列前に座っている男が突如眼に入った。他人のそら似か、まさか!と、何度も身体を左右に伸ばして確認した。舞台が跳ねるや俺はその男に向って、「ジョージ!」と声を潜めて叫んだ。刑期を終えたのだ。
 1971年12月24日、四谷警察署追分派出所(伊勢丹向かい側)で、クリスマスツリーの時限鉄パイプ爆弾が爆発した。警官2名と通行人12名が重軽傷を負った。14年間の逃避行を続けたジョージは、ある理由で、85年12月警視庁に自首して刑に服した。71年には新左翼過激派といわれるどのセクトも元組織が解体して、より過激の方向に舵を切った少数革命派は、より小さな組織を組んで爆弾や銃による戦術を戦略としていた。シュプレヒコールなんてもうとっくに聞こえなかった。ジョージは同じ劇団で4歳後輩だったから、71年といえば22歳だった。18歳から知っていた俺には、山形出身の純朴な芝居しか知らない猪突猛進小僧にしか思えなかったのに、センチメンタルを言うようだが、故に「時代が違う道を選ばしてしまったのか」という、当時の4歳差は相当大きかった悔恨が、ジョージのことを思う時、纏わりついていた。
 「テンペスト」は、主人公の元王のプロスペローと娘ミランダが、魔法で嵐を起こし復讐をする話だが、石橋蓮司と山口小夜子の二人だけがその役で、後は全員人形の芝居だった。石橋蓮司は二人の劇団の元先輩だったから、ジョージが彼に会いに来たのだと直ちに分かったが、何故に石橋蓮司だったのか、はた又「テンペスト」だったのか、心は分からない。音楽を担当していたYAS-KAZと小夜子を誘って終演後、魚料理をつついたが、石橋蓮司は他用があってその席にはおらず、今だに分からない。

 ♪地上に悲しみが尽きる日が無くても 地上に憎しみが尽きる日が無くても
 泣かないで 泣かないで 泣いて終らないで・・・♪

 1992年、アメノウズメノミコトになった中島みゆきが、夜会VOL.4で歌った『泣かないでアマテラス』が響いてくるのだ。