Flaneur, Rhum & Pop Culture

しもきたに現われたマグダラのマリア
[ZIPANGU NEWS vol.19]より
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 1982年の年明けは、1月末の「レディジェーン」7周年の準備に追われていた。そんな中、店のライブは古澤良治郎トリオ+大友義雄、高瀬アキ・池田芳夫デュオ、交通事故で突然の死がジャズ界に痛恨を投げたサックスの国安良夫をフィーチャーした森山威男カルテットという順番だった。
 そして、次の週、とんでもない人がヴォーカルで登場した。その1月24日に出演となったのは、今や世間の記憶にあるのだろうか?沖山秀子という女優からジャズ歌手にまで手を染めて、今やまったく音信不明の異能の傑女がいたことを。45年生まれのはずだから俺と同い歳ということになる。共演バンドが当時国安良夫夫人で、現在渋谷毅夫人の清水くるみこと国安くるみトリオだったのも、今思えばまんじりともせぬ思いが巡る。

 沖山秀子は関西の女子大生時、今村昌平監督にピックアップされて、新作「神々の深き欲望」(68)でいきなりヒロインに抜擢されデビューした。神話的な日本民族の根源のような南の島で、神事を司る一族の悲劇を描いた作品の中で、原始的な生と性を豊満な肉体を剥き出しにして演じて、世間をアッといわせた女優だった。71年の内田吐夢監督の遺作「真剣勝負」では、宮本武蔵と勝負する宍戸梅軒の女房に扮して武蔵と渡り合った、アマゾネスの女剣士のような大柄で強靭な躰から発散するダイナミックなエロい演技は、日本人離れしていて稀少だった。

 中上健次原作、柳町光男監督の初の劇映画「十九歳の地図」(79)は青春映画の傑作だが、主人公の住み込み新聞少年と相部屋の冴えない中年男の愛人役も強烈だった。愛人といっても実はビッコの売れない娼婦で、そのバケモノ染みた姿は、主人公の少年ばかりか、映画の観客までも寄せつけない迫力に満ち満ちていた。
 80年の或る日、新宿東映会館の一館でプレヴューがあった。俺は終映後、涙でボロボロになった顔を隠すように足早に出口に向うと、監督と出演者全員が客に頭を下げて見送っていた。その光景に又感じ入ってしまうのだが、一瞥した沖山秀子の顔は、勿論想像の域だがマグダラのマリアのように見えて印象深かった。

 そして81年の或る日、その沖山秀子本人から何処で知ったか電話があった。聞くと「レディジェーン」ライブに出演させて欲しいとの用件だった。一瞬ひるんで躊躇したのを相手に察知されたかも知れなかったが、意を決っして「やりましょう!」と即答した。何故躊躇したかといえば、その怪演振りもさることながら、「真剣勝負」以降、歌手としてもデビューはしたが、恐喝事件を起したと思えば何度かの自殺未遂事件を起して世間を騒がせ、精神病院の入退院を繰り返した後の再復帰だったという事情があったのだ。

 果たして当夜は、顔に見憶えのある中年客も混じって満席になり、帰って戴いた客もいた程だった。マリアの歌い振りは演技同様ダイナミックで、サラ・ヴォーンのようなスケール感を躰に漲らせて客を吸引するのだった。打上げの酒の席で「又今度ね」と、早くも第二弾の約束を当然の如くしたのだった。