さて、昨秋「ぼくの昭和ジャズ喫茶」と題する一冊の本が送られてきた。わが「レディ・ジェーン」も紹介されているのだが、俺の親しいベルリンに住むピアニストの姉高瀬アキに、店で出会った人たちのことを聞きながら、弟の著者高瀬進は「何故か『悲しき天使』のメロディが甦っていた」と、本人訳の歌詞を載せていたのが嬉しかった。「悲しき天使」の原題は「Those were the Days」といって、“あの頃は……”といった意だ。一九六八年ツィッギーにTVで見い出されて、ビートルズのアップル・レコードのシングル第一号で発売され、世界で三百五十万枚、日本で九十五万枚売れた傑作だが、十八歳のメリー・ホプキンがウェールズ語で歌うソプラノの瑞々しい響きと、ロシアの漂泊の民ロマのクレズマーを原曲とする憂愁を湛たえたメロディが心を揺さぶった。というより当時では珍しい、状況劇場の唐十郎作の「少女仮面」を早稲田小劇場の鈴木忠志が演出した舞台で象徴的に何回も繰り返されて流れていたのがかの歌だったので、舞台と曲がセットで強烈に記憶されている。