top
top top
絵:黒田征太郎 文:大木雄高
top











VOL.21
ノイジー「ジゼル」も他生の縁

ツィゴイネルワイゼン

 初来日公演、見逃したリンゼイ・ケンプ舞踏団が、翌一九八七年に再来日したので観に行った。長いキャリアと実力を誇るリンゼイ・ケンプ舞踏団のその時の演目は。ジャン・ジュネの小説『花のノートルダム』を舞台化した「フラワーズ」だった。
 日本の舞踏集団のように、異種の肉体への変身願望と、仮面の意味を持つ白塗りで、全裸に近かった。踊りも、跳躍する西洋バレエの中に日本の舞踏も取り入れて、その振幅の大きさが、スケール感を出していた。
 実際に、男色家であり泥棒だったジュネの小説世界は、殺人や裏切り、偽の宝石で溢れている。そんな風俗の坩堝(るつぼ)だったパリのモンマルトルの一九三〇年代前半の物語だ。
 舞台は、ケンプ扮する年老いた男娼のディヴィーヌと恋人でもあるヒモ、殺人者の美少年である花のノートルダムの三角関係が、猥雑にブリキ細工のように薄っぺらく進む。ジュネの魔術は、この悪徳の世界をダイヤのように輝かせるところにあるわけだが、その三者の世界が神聖な高みへと昇っていったとき、下手の奥から何やら私語が聞こえてきた。そして、結婚式を挙げたディヴィーヌが、男を花のノートルダムに奪われ悲嘆にくれる姿を、バレエ「ジゼル」のテーマ音楽が幻想的に盛り上げ、やがてフェイドアウトする。無音の中、優雅から絶望、そして狂気をスローモーションでじっくり演じる、最高の見せ場へと移ったが、私語は、まだ続いていた。
 席を立って怒鳴ろうとしたら、連れに制された。それで四十分間我慢した終演後、主催責任者を出せということになった。主催者のM氏は、僕の言い分にびっくりしたが、その不手際を認め、丁重に謝ってくれた。その上、後日の切符も頂いて劇場を後にした。
 その翌晩のことだった。舞台がはねた後だから、十時半ごろだったか、僕の「ロマーニッシェス・カフェ」に入って来たのは、なんとリンゼイ・ケンプではないか。メンバーに続いて入って来たのは、昨夜僕が怒鳴ったM氏だった。彼らを連れてきたのは、僕の知人のプロデューサーである。
 その知人にリンゼイ・ケンプを紹介された後、M氏を紹介された。M氏もあっと気づき、両者頭を掻くことになった。だが昔、僕が「花のノートルダム」を芝居でやったこともあって、昨夜のことの次第を弁解しあうこともなく、ケンプを囲む一夜は、ジュネの悪と聖の話で、盛り上がったのだった。

「アサヒグラフ」1998年6月5日号掲載