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鬼の目にも涙
VOL.97

 栃木県の東端、鮎と簗漁で有名な那珂川を出発点に、西へ鬼怒川、思川、渡良瀬川と巡り、生地阿蘇郡田沼町という小村に42年振りに初めて帰った。登山車道になってたとはいえ山はあり、護岸壁が施されても秋山川は清々と流れていた。処が重滝は建て混み道路は整備され、神社と小学校以外頼るものがない。夜になり小村(今や町ダ)に煌々と灯が点り、明るみが記憶を奪ったことに気付く。我家と数件の灯りの周は四方畑で、一軒先の大きな森は闇だった。日昼でも闇だった。で、鬼が棲んでいた。
 人間は全世界を制覇し日本列島を<明るみ>の中にさらけ出した。かつて鬼が占領する<闇>に人は分け入り力を引き出し、鬼は<明るみ>の人界に陰(おに)となって隠れ棲み、悪戯して人を鼓舞した様に互いは魔界を往来した。外のことばかり知りたがるTVショーの灯ではなく、一条の光は闇の中なればこそ感知できること。五体五感の正常な人の世の中とて、片輪の才は社会力学の下に封じ込まれ隔離されている様に、鬼が棲む<闇>を収奪したということは、秀でた音曲や詩歌を捨てたということ、<闇>の喪失は想像の依って立つ地を失うということだ。白日下の今の時代、皆んな見えて見分けがつかないんだから。
 中年や 遠くみのれる 夜の旅  三鬼

(上野公園の渡辺)

(1994.8記)